てんかんは小児期に発症するものも多く、おとなになるまでに治癒することも多いのですが、中にはおとなになっても治療を継続しなければならない場合もあります。
今回はてんかんの成人期移行について、現状をお伝えできればと思います。
てんかんとは
「てんかん」は、脳の神経細胞が何らかの原因で勝手に興奮することによってさまざまな症状(てんかん発作)を繰り返し起こしてしまう病気です。日本人の約100人に1人と言われており、決してまれな病気ではありません。発熱を伴わない発作を初めて起こした場合、約半数の方が今後も繰り返すと言われています。逆に、初めて発作を起こしても約半数の方には治療は不要であるため、脳波やMRIなどの検査結果から今後繰り返す可能性が極めて高いと判断されない限り、通常は2回目の発作を起こしてから治療を開始します。
てんかんの年齢分布
発症率は、3歳以下が最も高く、成人になると一旦減少しますが、65歳以上の高齢者で再度増加します。つまり、小児と高齢者のふたつの大きな山があります。しかし、成年期に発症する場合もありますし、小児期発症のてんかんでも治療を継続する場合もありますので、こどもからおとなまで広く認められる疾患、ということになります。
てんかんの原因
原因によるてんかんの分類として、長らく「特発性てんかん」と「症候性てんかん」という表現がされてきました。症候性てんかんとは、脳腫瘍や脳梗塞、先天性の脳構造異常、脳炎・脳症など、明らかな目に見える原因によって引き起こされるてんかんのことを指します。その一方で特発性てんかんとは、MRIでも明らかな異常は認めず、前述のような原因となるような病歴も認めないものを指しました。しかし近年、特発性てんかんの多くは、てんかん発症に関わる遺伝子異常によって引き起こされることが分かってきており、てんかん分類も大きく変わってきました。
遺伝子異常と言っても、1:1対応でてんかんの原因としての遺伝子と言い切れるものは少なく、同じ遺伝子でも異なるてんかんとして発症したり、てんかんを発症しなかったりします。まだまだこれからの研究が求められる分野です。
てんかんの合併症
てんかんの原因が、先天性の疾患や重症疾患の後遺症である場合は、それによって麻痺や知的障害などを認めることがあります。
てんかんとの関連は不明ですが、ADHDや自閉症スペクトラム障害などの発達障害の合併率が、てんかんを持たない方よりも高率であると言われています。てんかんの治療は終了しても、発達障害に対する支援を継続する必要がある場合も多く経験します。
ライフステージにおいて生じる問題
乳幼児期
幼稚園や保育所などの集団生活において、プールが可能かどうか、発作が起きたときにはどうしたらいいのか、不必要な制限により貴重な経験の機会を奪うことのないように配慮しつつ、安全を守るための対応を考えなければなりません。「てんかんだからできない」ではなく「てんかんでもできる」ことを探してあげなければなりません。どのような発作を起こすのか、にも依りますので対応に慣れた医師による判断が望ましいでしょう。
学童期
てんかんの発作に対する注意点は乳幼児期と同様ですが、知的障害や発達障害を合併している場合は、どのような学校や学級に進学をするのが良いか、という判断が生じます。支援学校や支援級よりも普通級のほうが上、ということはなく、ひとりひとりが適切で必要かつ十分な教育を受けられることを第一に考えなければなりません。インクルーシブ教育のように多様なこどもたちが一緒に学ぶ経験をすることが良いこともあれば、全く理解できない授業に参加して自信を失ってしまうよりも個別対応の授業でじっくりコツコツと基礎固めを進めていった方が良いこともあります。保護者、教育委員会、進学先の学校、主治医、そしてなによりも本人の意見を尊重しつつ皆で協力連携し、本人にとって最も適した支援の方法を考えていく必要があります。発作に応じて、引き続き不必要な制限を受けることがないように配慮していく必要もあります。きちんと適切な治療がされていれば「てんかんだからできない」ことはほとんど無いものです。
思春期
自立へ向けて、本人の意思を尊重した治療が必要になります。本人が病気や治療に対して理解していなければ飲み忘れが増えたり生活リズムの乱れから発作のコントロールが悪くなったりします。しっかりと本人と病気について話し合い、治療の必要性について、また先の見通しについて理解を深めて頂く必要があります。
また、受験や就職、運転免許や恋愛など青年期以降に繋がるイベントも多くなってきますので、先を見越して様々な指導をしていく必要があります。
青年期以降
この時期に治療を受けている方は基本的に今後も内服治療を継続しなければならない方が多いでしょう。しかし、これから先はますます気をつけなければならないライフイベントが数多く控えています。運転免許、就職、一人暮らし、結婚、妊娠・出産など、注意を要するライフイベントが目白押しで、専門家と連携して対応していかなければなりません。
薬を飲んでいても免許は取れるのか、どのくらい発作がなければ取れるのか、就職の際に病名は伝えないといけないのか、仕事中に発作が起きたらどうしよう、てんかんなのだから一人暮らしはさせられないと親に言われているがやはりできないのか、結婚をしてこどもが欲しいが今のお薬を続けていいのか、などです。いずれも非常に重要なことですが、専門的な知識が必要になってきますので対応に慣れた機関に相談する必要があります。
てんかん診療の現状
前述のようにてんかんは100人に1人と言われており、全国に約120万人の患者がいると言われていますが、日本てんかん学会の専門医は2018年12月現在で690名しかいません。専門医1名あたり1739名の計算になりますが、当然1人でその数の患者様の診療をすることは不可能ですので、実際は非専門医の先生が主に診療をしている現状です。てんかん専門医の半数以上が小児科医であり、てんかんは小児期発症が最も多いので自然なことなのですが、成人移行したてんかんの患者様を診療できる専門医が非常に少ないということになります。東京都でさえ、てんかん専門医の在籍する診療所(クリニック)は12施設(2018年12月現在)しかありません。
てんかんは治療が重要であることは言うまでもありませんが、ライフステージに応じた種々のイベントに適切に対処できるように指導することも我々専門家の責務だと考えています。しかしながら、前述のようにてんかん専門医の数は不足しており、全てのてんかん患者様に必ずしも適切な指導がされているとは限らない現状です。てんかん発作がコントロールされていないのに運転をしてしまうことにより交通事故を起こしてしまったり、不適切な抗てんかん薬の使用継続や妊娠中の自己断薬による発作再発によって胎児への影響が出てしまったり、という悲しい結果を生じさせないためにも、患者様への指導というのは非常に重要です。
てんかん専門クリニックの役割
別項で改めて解説しますが、「てんかん」と一言に言っても発症年齢、発作のタイプ、重症度、合併症などは本当に多種多様であり、その治療は容易なものから難治なものまで様々です。適切な診断と適切な治療、適切なタイミングでのより高度な治療(てんかん外科など)への判断が求められます。
そして治療のみならず、前述のように種々のライフイベントに対する適切なアドバイス、ということが重要になってきます。「てんかん」の病名による不必要な生活制限、不当な差別は患者様の人生に大きく関わるものであり、安全を確保しつつそれらから患者様を守るのも、我々専門家の役割だと考えます。
てんかん診療は一次〜三次診療に分類されていて、何かあればまず受診するかかりつけ医が一次診療、その後適切な診断や検査・治療を行う二次診療、より専門的な検査や場合によってはてんかん外科手術など、てんかん診療における最後の砦がてんかんセンターで行う三次診療です。
てんかん専門クリニックは二次診療を担う立場にあります。まずプライマリケア医である一次医療機関から紹介を受け、適切な診断と治療、日常管理を行います。より専門的な検査や、てんかん外科治療のような治療が必要と判断した場合は三次医療機関へ紹介し、検査や治療が終了した後はてんかん専門クリニックで日常管理を継続します。このような診療連携の中心に位置するのがてんかん専門クリニックであり、非常に重要なポジションであると言えます。
当院はてんかん専門クリニックとして、てんかん患者様の診断・検査・治療・相談・教育などの日常管理を行い、適切なタイミングで高次医療機関と連携することでてんかん診療のハブとなれるように努力していきます。