本記事は、2019年4月に発足した本疾患の患者家族会「かみひこうきの会」のホームページやリーフレットに掲載するためにご依頼頂き執筆した疾患解説に、少々加筆した記事になります。
概要
環状14番染色体症候群とは、染色体の構造異常によって引き起こされる、難治性てんかんと発達の遅れなどを特徴とする病気です。
染色体とは
ヒトの設計図に相当する遺伝子は、ヒトの細胞の中で46本の染色体に格納されています。通常23本ずつご両親から受け継いでおり、23本のうちの1本が性染色体と呼ばれるX染色体またはY染色体です。性染色体以外の22本は常染色体と呼ばれ、大きいものから順に1番〜22番までの番号が付けられています。
遺伝子は、4種類の核酸と呼ばれる物質が連なることでできており、例えるならば4種類の文字だけで記述された文章のようなものです。それらの文章からなる1冊の本が「染色体」ということになります。染色体という名の本の中には、重要な文章(遺伝子)と、あまり重要ではない文章(遺伝子ではない部分)が含まれており、重要な文章に誤字や脱字があれば病気となり、あまり重要でない文章の間違いは病気としての症状は現れず、検査で偶然に見つかることもあります。
染色体は通常肉眼で観察することはできませんが、染色体を特殊な薬品を用いて染色すると、顕微鏡で観察したときに白と黒のバンドが見えるようになり、この方法をG分染法と呼びます。これにより染色体の観察が容易となり、細胞内の染色体の数や構造を調べることができます(図1)。
染色体の異常には、数の異常と構造の異常があります。数の異常は、例えば21番染色体が2本ではなく3本存在するダウン症候群が有名です。構造の異常は、染色体の一部分が欠けていたり、余分にくっついていたりするものがあります。本に例えると、乱丁や落丁のようなものです。染色体の構造の異常では、そこに複数の遺伝子が存在するため、症状は複数の臓器に渡ることが一般的です。
環状染色体
それでは環状染色体とはどのような染色体なのでしょうか。
染色体の構造異常である欠失は、染色体の端っこに起こることが多いと言われています。欠失の生じた染色体の番号で、○番染色体末端欠失症候群などと呼ばれます。末端欠失が染色体の両端に生じてしまった場合、端と端がくっついてリング状になることがあり、それを環状染色体と呼びます。欠失の生じる染色体や、欠失の範囲によって症状はさまざまですが、前述のG分染法で診断可能です(図2)。
性染色体を含めすべての染色体で起こり得ますが、指定難病になっている環状20番染色体症候群が有名です。環状14番染色体症候群はあまり一般的に知られてはいませんが、14番染色体が環状染色体となってしまったために種々の症状が現れてしまう病気です。環状染色体の場合、細胞分裂の際の染色体の分離がうまく行かず分裂できない(または分裂しても生存できない)細胞が生じてしまうため、番号に関わらず環状染色体であること自体が低身長や発達の遅れ、てんかんなどの原因となることが知られています。
環状14番染色体症候群
症状
乳児期に発症する難治性(治療抵抗性)のてんかん、ことばを主とした発達の遅れ、発達障害、低身長、小頭症などの症状がみられます。なかには免疫系の問題もあり上気道の感染症(鼻かぜや中耳炎など)を反復する方もいます。また、網膜などの特定の臓器に障害を抱える方も報告されていますが、全ての方に見られる症状ではなく、目立った臓器の障害があまり見られないのがこの病気の特徴でもあります。
特に難治性てんかんはこの病気の特徴で、ほぼ全ての方が発症します。多彩な発作を完全にコントロールすることは難しく、複数の抗てんかん薬の併用療法を必要とすることが多いと言われています。
頻度
稀であると言われていますが、具体的な有病率はわかっていません。世界で50人以上の方が論文で報告されていて、日本でも数例の報告があります(すべての方が報告されるわけではありません)。しかし、生命に関わる染色体異常ではないこと、てんかんと発達の遅れといった、一般的に染色体異常を疑わない症状が主体であることを考えると、てんかんとしてのみ治療を受けている未診断の方が多く存在するのではないかと思います。
てんかんと主として言語面での発達の遅れ、低身長などの症状がある方は、一度染色体検査を受けられることをお勧めします。
遺伝形式
基本的に遺伝するものではなく、ご両親の生殖細胞が作られる過程もしくは受精卵からの発生段階で偶然起こったことが原因です。
環状染色体は精子形成を妨げるようで、男性からは基本的に伝わりません。ただ、極めて稀ではありますが女性から子孫に伝わることはあるようです。
治療
生まれながらにして持った染色体の構造異常が原因であり、根本的な治療法は現時点ではありません。症状に応じた治療、特にてんかんの治療が中心になります。
てんかんに関して、完全に治癒する方はごくわずかで、多くの方は複数の抗てんかん薬を長期に飲み続ける必要があります。
抗てんかん薬は、フェノバルビタールやカルバマゼピンが有効ではないかとの報告もありますが、きちんとした研究で有効性の示された報告はありません。日本でもこの10年間で新規抗てんかん薬が数多く使用可能となっており、新規抗てんかん薬が有効である可能性があります。内服薬のみでは治療困難な方にはケトン食療法や迷走神経刺激術なども考慮されます。
てんかんとともに、ほぼ全ての方に発達の遅れとことばの問題が生じます。筋力の弱さもあるため早期に療育を開始し、理学療法や言語療法を受けることが望ましいです。特に言語の獲得が難しいことが多いため、非言語的なコミュニケーション代替手段のトレーニングが重要となってきます。
また、合併症の検査として、一度は眼科で眼底検査を、中耳炎を反復している方は耳鼻科で聴力検査を受けることが推奨されています。
経過
てんかんのコントロールが大変である可能性がありますが、基本的に命に関わる合併症はありません。
乳幼児期はてんかんの治療を行いつつ理学療法や言語療法といった療育を受け、就学後は言語面や学習面で特別な支援が必要となります。
現在のところ指定難病にはなっておりませんが、種々の社会福祉サービスを受けることができますので、関係機関との連携が重要です。
生活上の注意点
てんかん発作の症状にもよりますが、発作がコントロールできていない場合は怪我に注意が必要です。
感染を繰り返しやすい可能性があるため、風邪症状がある場合は早めに受診しましょう。
医療機関への通院のみならず、教育や生活での支援が必要となりますので、受けられる社会福祉サービスを主治医や自治体に確認しましょう。
患者家族会
2019年4月に環状14番染色体症候群の患者と家族の会「かみひこうきの会」が発足し、学会へのブース出展など積極的に活動されたことにより、徐々に国内における本疾患の患者様の存在が明らかになってきました。
また、その活動が評価され、本会は認定NPO法人難病のこども支援全国ネットワーク主催「令和元年度いのちの輝き毎日奨励賞」を2019年9月に受賞されています。
患者家族会の発足により患者様とそのご家族同士が手を取り合い、よりよい治療、よりよい福祉へとつながることが期待されます。
当法人もかみひこうきの会と連携しながら、学会等で本疾患の啓発のため活動を続ける予定です。
2022年10月、朝日新聞にて環状14番染色体症候群の患者様についての記事が掲載され、それに関連した環状染色体の解説記事に理事長のコメントが掲載されました。
参考文献
- 日本人類遺伝学会, 「染色体異常をみつけたら」, http://cytogen.jp/index/index.html
- U.S. Department of Health & Human Services, National Institutes of Health, Ring chromosome 14 syndrome. https://ghr.nlm.nih.gov/condition/ring-chromosome-14-syndrome, January 29, 2019
- Unique – The Rare Chromosome Disorder Support Group, https://www.rarechromo.org/media/information/Chromosome%2014/Ring%2014%20FTNW.pdf
- Rinaldi B et al. Guideline recommendations for diagnosis and clinical management of Ring14 syndrome—first report of an ad hoc task force. Orphanet Journal of Rare Diseases; 2017 Mar 30;p1–11. PMID: 28399932
- Giovannini S et al. Epilepsy in ring 14 syndrome: a clinical and EEG study of 22 patients. Epilepsia. 2013 Dec;54(12):p2204–13. PMID: 24116895
- Zollino M et al. The ring 14 syndrome. European Journal of Medical Genetics. 2012 May;55(5):374–80. PMID: 22564756